言語と食文化がつくる「味覚の前提」
「辛い」という言葉は、どの国にもありますが.....
その中身は驚くほど違います。
日本語・英語・中国語を比べてみると、
人が何を「刺激」と感じ、どう分類してきたかが、
食文化の背景ごと浮かび上がってきます。
これは単なる言葉の違いではなく、
「味覚の設計思想」の違いです。
| 感覚・意味の軸 | 日本語 | 中国語 | 英語 | 補足(文化背景) |
|---|---|---|---|---|
| 唐辛子のヒリヒリした辛さ | 辛い(からい) | 辣(là) | spicy | 物理的刺激。日本語では代表的だが、語としては広すぎる |
| 舌がしびれる辛さ | (表現なし/説明的) | 麻(má) | numbing / mouth-numbing | 花椒文化の有無が決定的な差 |
| 鼻に抜けるツンとした辛さ | ツンとする辛さ | 冲(chōng)/呛(qiāng) | pungent | わさび・からし・生姜系 |
| 塩味が強い/味が濃い | 辛い(しょっぱい) | 咸(xián) | salty | 日本語だけが「辛い」に含めがち |
| 温度的・体感的な熱さ | 熱い/辛い | 热(rè) | hot | 英語は hot を辛さにも流用する |
| 刺激が強い(原因不問) | 辛い | 刺激性强(説明表現) | strong / intense | 日本語は一語、他言語は分解傾向 |
日本語の「辛い」は原因を区別せず、結果(刺激が強い)でまとめる言葉です。
そのため「唐辛子」「塩」「味の濃さ」が同じ語で処理されていますが、
これは「刺激が例外的だった食文化」の名残です。
一方、中国語は「何が辛いか」ではなく
「身体がどう反応したか」で語彙が分かれます。
- 神経がしびれる → 麻
- 痛い・ヒリヒリ → 辣
- 鼻腔に抜ける → 冲 / 呛
この分解は、
香辛料を日常的に使う文化だから成立しています。
英語は設計思想の違う2語を使い分けています。
- 原因(香辛料)= spicy
- 体感(熱・刺激)= hot
日本語の「辛い」を
hot にも spicy にも訳せてしまうのは、
日本語側が曖昧だからです。
日本語の「辛い」は、かなり意味が広い
日本語で「辛い」と言うと、
多くの人は唐辛子のような刺激を思い浮かべます。
しかし、日本語の「辛い」はそれだけではありません。
・塩気が強い → 「しょっぱくて辛い」
・醤油が濃い → 「味が辛い」
・刺激が強い → 「ピリ辛」
つまり日本語では、
味の強さ・刺激の強さをまとめて
「辛い」という一語で処理する傾向があります。
背景にあるのは、日本の食文化です。
・香辛料を大量に使わない
・素材の味、塩梅(あんばい)を重視
・刺激は「例外的なアクセント」
そのため、
「刺激=辛い」ではなく、
「効きすぎている味」全般が辛いになる。
日本語の「辛い」は、
味覚を細かく分解する言葉というより、
バランスが崩れた状態を示す言葉なのです。
英語の hot と spicy は役割が違う
英語では、日本語の「辛い」を
一語で済ませることはほとんどありません。
代表的なのが、
hot と spicy の違いです。
hot は、もともと「熱い」という意味です。
そこから転じて、
・温度が高い
・刺激が強い
という感覚を表します。
一方、spicy は
明確に「香辛料由来の刺激」を指します。
つまり英語では、
・hot = 体感的な刺激
・spicy = 成分・原因としての香辛料
と、役割が分かれています。
これは、英語圏の食文化が
スパイスを「構成要素」として捉えてきた結果です。
辛さは感覚ではなく、
何が入っているかで語られる。
そのため、
「これはspicyだけど、hotではない」
という表現も自然に成立します。
中国語の「辛い」は細かい!
中国語に入ると、
辛さはさらに細かく分解されます。
代表的なのが、次の区別です。
・麻(má)
舌がしびれる感覚。
花椒(ホアジャオ)由来の神経的刺激。
・辣(là)
ヒリヒリ、ジンジンする刺激。
唐辛子由来の物理的な痛み。
・冲(chōng)
鼻に抜ける辛さ
わさび・からし・生姜のように鼻腔に抜ける揮発性の刺激
この二つは、
同時に存在することもあれば、
完全に別物として扱われることもあります。
中国語では、
辛さは一種類の感覚ではなく、
身体のどこが、どう反応するかで分類されます。
これは、
地域ごとに香辛料文化が発達し、
刺激を日常的に使い分けてきた結果です。
なぜ、ここまで違うのか?
この違いは、舌の違いではありません。
文化が、感覚の切り取り方を決めているのです。
・日本:
刺激は例外。
だから「強すぎる味」をまとめて「辛い」。
・英語圏:
スパイスは構成要素。
だから原因(spicy)と体感(hot)を分ける。
・中国:
刺激は日常。
だから身体反応ごとに細かく分類する。
言語は、
「何を区別する必要があったか」
を正直に反映します。
食から世界を見ても面白い
海外に行くと、
「同じ辛いなのに、全然違う」
と感じることがあります。
それは味覚の問題ではなく、
前提の違いに触れている瞬間です。
言葉が違えば、
感じ方の切り取り方が違う。
切り取り方が違えば、
世界の見え方も変わる。
旅をする、というのは
観光地を見ることではありません。
前提ごと、世界を体験することです。
食文化は、その入口として
これ以上ないほど正直です。